兵動 惣佳プロローグ

「うぐぐ……、苦しい…、眼鏡割れる…」

五月一日の昼休み。兵動惣佳は希望崎学園購買部で押しつぶされそうになっていた。尋常ではない混雑具合で、惣佳は飲み物を買いに来ただけなのに死にかけていた。

「むうう……、ん?」

人の波に流されていつの間にかパンの陳列棚の前に来ていた惣佳は、大きな張り紙があることに気が付いた。

「伝説の焼きそばパン?」

それは、食べれば願いが叶うといわれている伝説の焼きそばパンが入荷されるというものだった。

(願いが叶うのかー、それだったら私は…)

人の波に再び流されながら惣佳は思った。

(とりあえず助けてぇー…)




「はぁ…」

ボロボロになりながらもなんとかお茶を買った惣佳は、部活棟の方へ歩いていた。
惣佳にはクラスに友達がいない。小学生、中学生の頃は普通に友達がいたが、魔人に目覚めたことにより、地元を離れて希望崎学園の近くへ引っ越したので、交友関係がリセットされてしまった。その時は特に不安など感じておらず、「友達なんて自然にできるだろう。」と思っていたら、自然にできることはなく、クラスの輪から一人外れてしまったまま現在に至る。

「ふーんふーん」

鼻歌を歌いながら歩き続ける。部活棟を越えると、古びた小屋と古びた校舎が左右に見えた。小屋の側には猫がいる。その猫の隣で惣佳は腰を下ろした。

『遅かったな、ソーカ』

「こんにちは、小次郎。購買が混んでたからね」

猫と軽く会話しながら弁当を開く。惣佳の能力「アニマル・リンガル」によるものだ。これによって惣佳はどんな動物とも会話できる。

「ん~、お腹空いた~」

和気あいあいとし雰囲気のクラスの中で、一人ぽつんと弁当を食べるのは嫌なので、静かで人のいないこの場所でいつも昼食をとっている。人がいないのは危険地帯と言われている番長小屋の近くだからであるが

「もぐもぐ」

そうとも知らずに惣佳はのんきに弁当を食べている。弁当は母が毎日作ってくれるもので、今日の弁当の中身はきんぴらごぼう、菜っ葉のお浸し、鮭の塩焼き、玉子焼き、白米と梅干。母の料理の腕はかなりのもので、どれも絶品である。

『ソーカ、シャケくれ、シャケ』

「はいはいっと」

小さい欠片を落ち葉の上に乗せて小次郎差し出す。むしゃむしゃと食べる小次郎と一緒に、惣佳も食事を続けた。




「……ふう」

食事を終え、惣佳は紙パックのお茶で一息ついていた。満腹になった小次郎は膝の上で丸くなっている。柔らかな毛並を撫でながらお茶を飲んでいると、部活棟の方から笑い声が聞こえてきた。

(楽しそだなぁー)

惣佳は、ぼっちであることにもう慣れたと思っているが、このようなことがあると寂しさに襲われる。
ふと、購買で見た張り紙を思い出した。
食べればなんでも願いが叶う伝説の焼きそばパン。

(あれがあったら、私は…)

『ソーカ』

「ん?小次郎どうしたの?」

『寂しいの?』

「え…」

自分はそんな顔をしていたのかと、惣佳は驚いた。が、すぐに笑って小次郎に応えた。

「寂しくなんて、ないよ。」

『…ふーん』

そして、惣佳は部活棟を睨みつけた。

(そう、寂しくなんてないんだから…!)

そんな彼女の顔は小次郎には、やはり寂しいと言っているようにしか見えなかった。
最終更新:2015年04月25日 16:15