SSRaceエピローグ
とある夕暮れ、プレハブ小屋。表看板に立ち入り禁止と書かれた購買部。
室内に入ると販売コーナーが確認出来る他、小さな飲食スペースが目につく。カウンターに席が5つのみ。
昼休みの時間は奪い合いになるほど混雑するこのカウンター席も、休日ならば閑散として二人の生徒しかいない。
「イラッシャイマセ。」
購買部に入った下級生をまず出迎えてくれたのはサイボーグ化したパンツ一丁のそばかす女子高生ロボだ。カウンターに立ってボトルの手入れをしている。
「うわっ何こいつ。痴女?」
「それは購買部に設置された新しい部長だ。」
見ると、カウンターの一番左端に男が一人座っていた。男の背は高く、だらりと垂れた前髪が不気味な印象を与える、長髪の男子生徒である。その上半身は裸であった。
「先輩!お久しぶりです。」
たった今入室したばかりの一年生は先輩に挨拶した。先輩と呼ばれた男子生徒は気怠そうに壁から背を離した。弾みで壁に立て掛けられていた馬の写真が収められた額縁が落ちて、先輩の頭部に直撃した。
先輩は意に介さず後輩を手招きした。
「まあ座れ。ワインでも飲もうや…」
「あれっ先輩はまだ未成年ですよね。」
と、後輩は先輩を諌める。そこにはいつもと同じ日常があった。
ところで今日は土曜日だ。一体何故生徒が二人もいるのだろうか。少なくとも部活動をしているようには見えない。
後輩は、先輩に勧められるまま席に着いた。
「今日は就任式って奴だ。未来の生徒会会計役員食費担当のな。」
と言って、先輩は上機嫌に後輩の肩を叩いた。先輩がこんなゴキゲンな性格になったのはいつ頃からだったろうか。会った頃より若干不真面目というか、気の抜けた人になった気がする。
だが、後輩はそんなことは気にも留めずファイルを一冊、鞄から取り出した。
「先輩、そんなことより今度の生徒会長選挙です。学校でもその話題で持ちきりですよ。先輩もまだほら、色々あるじゃないですか。身の振り方とか。」
「黒渕さんだ。」
先輩は呟いた。
「えっ?」
後輩はよく聞き取れなかった。先輩はボトルを撫でながら、カウンターに背を向けて壁を見つめている。壁には馬や熊、抽象的な線描画、また幾人かの肖像画が立て掛けられていた。
「次の選挙は黒渕さんに投票するぞ。あの人との約束だからな。」
「あの黒渕さんですか。黒渕なのに赤い眼鏡の黒渕さんですか。」
と、後輩は言った。そう、黒渕さんの眼鏡の淵は赤色だ。
その時、購買部の店員がカウンターにやってきた。購買部にもまだ生身の人間が所属していたのである。
「でも黒渕さんだと敵も多いんじゃない?」
生身の店員はよく見ると馬だった。
「購買部部長として言わせてもらうと次の生徒会長には織田信長様がやっぱり有力よね。次点で歩く千手観音こと大石扇丸くんかな。」
「奴らは始末した。」
「ところで先輩、なんで血塗れなんですか!?」
時は1年前まで遡る。
小走耕太郎は瓦礫の真上で眼を覚ました。
周囲には肉塊と化した生徒達、鉄塊、そして所々存在する謎の円筒状クレーター。遠くからは悲鳴や叫び声、激突音やサイレン音がしきりにこだまする。
自分は一体いつからここにいたのか。それは耕太郎本人にも分からなった。耕太郎にはただ白昼夢のような記憶だけがある。
「今のは…夢なのか?それにしてはやけにリアリティ…」
耕太郎は自分が今まで気絶していたことをようやく自覚し始めた。気絶している間、先輩に会った気がする。そう、闇雲先輩に。
ふと、右手に何か重みを感じた。手を見ると、そこには伝説の焼きそばパンが握られていた。
「闇雲先輩…」
その瞬間、耕太郎は全てを悟った。
思えば短い戦いだった。最後に闇雲先輩と会ったのはレースが続いていた最中、校舎を窓から飛び出した直後だ。
耕太郎の学年は一年生だ。一年生の教室は全て一階にある。窓から降りることは容易い。だがその時、空から骸骨みたいな物体が落ちてきたかと思うと、それは闇雲先輩だったのだ。
これを耕太郎は普通に避けた。それもその筈、耕太郎の能力は忍法『韋駄天走り』。完成されたナンバ走りをする事で運動エネルギーの概念そのもの、つまり電車となる能力だ。
中々しぶとい闇雲先輩といえど、電車に激突すれば即死は免れ得ないと耕太郎は判断した。
また、耕太郎の体力は一日の内に何十キロメートルもの走行が可能である。電車の概念といっても肉体は生身なのだが、本人の意識は完全に電車と化す。能力の制約として電車の始点と終点の設定が必要であり、一度電車が発車すると変更は効かない。また、速度は本人の運動能力と同等である。
勿論移動中は普通に襲われるし、こけたら危ないし、走ったら疲れる。実は移動ルートを決めるだけのスケジュール管理能力である。別名韋駄天パシリ。
そんなこんなで耕太郎はその後普通に脱線してしまったので、徒歩で購買部まで辿り着いたというわけだ。
だが、そこにあったのは生徒達の死体、死体、死体。瓦礫の山である。全滅だ。辛うじて伝説の焼きそばパンは見つかった。だが、それは既に誰かが食べたお残しだった。耕太郎は理解した。闇雲先輩はなんとかして伝説の焼きそばパンを購入したことを。耕太郎は静かに涙した。
闇雲先輩の意思は受け継がねばならない。誰よりも平穏を求め、最期に幸福になれたであろう闇雲先輩の意思、その生き方を。
幸福を求める姿勢が耕太郎を成長させた。闇雲先輩がそれを教えてくれた。
幸福。そう、自分にとっての幸福とは何か。それは破壊だ。
この世界に完全なる死を。
耕太郎は自らを虐げてきたこの世界を誰よりも憎んでいた。闇雲先輩を失った。この事実は、耕太郎が心の内に抱えていた果ての無い大空のような虚無感を無限に拡大し続ける暴虐の宇宙へと悪化させた。
その時、耕太郎が視界の端に捉えたのは此方に向かって駆けて来る容姿端麗な美少年だった。美少年はレイピアを構えている。
「僕の名は姫小路綾鷹!そう、耕太郎くん。君のクラスメイトだなっ!伝説の焼きそばパンは無事か!?」
姫小路綾鷹は耕太郎のクラスメイトの美少年だった。なにかと実家が金持ちであることをひけらかす、いけ好かない奴だと耕太郎は思っている。
「おやおや、誰かと思えばクラスメイトの耕太郎くんじゃないか。ボンジュールというわけだ。
ところで僕の実家の敷地は850坪あってね。こんな購買部なんて目にならないくらいの広さだ!」
やはり意味もなく自分の家の敷地面積の自慢をするとはいけ好かない奴だ。
「綾鷹くんか。貴族の君が何故ここに。」
「状況をわかってないのかい?ノブレス・オブリージュというわけさ。既に死人が出ているこの壊滅的な状況を収集させるのは高貴なる貴族たる姫小路綾鷹の責任だと思わないかな、平民の耕太郎くん!
そうだ!平民のキミもボクを手伝うと良いよ。誰であろう、貴族と共に救出活動に励めるんだ。二人ならきっとなんでも出来るさ。今日ボクに会えたことを誇りに思いたまえ。」
綾鷹は一気にまくし立てた。これだけの長口上をスラスラ話せるとはやはりいけ好かない貴族だ。
綾鷹はレイピアで瓦礫を切り裂き始めた。
「だが、卑しくも君程度の人数が増えたところで、二人で瓦礫の撤去などしていてもラチがあかないな。所詮は平民の出か!これだから身分の低い人間は役に立たないなあ!おい知ってるか、役に立たない奴はクズって言うんだぞ!父様が言ってた!この役に立たないクズめ!」
などと言いながら綾鷹は瓦礫を取り除き、耕太郎に石を投げられる。耕太郎はなんかムカついたので綾鷹の頭に石を投げつけていた。
「痛いっ!何をするんだ平民のコータロー君!高貴なるボクの邪魔じゃないか。斬り伏せられたいのか!
痛いっ!さっきから石をぶつけるんじゃあない!所詮は卑しい身分の人間だな!そうか。高貴なるボクに嫉妬しているんだな。痛いって!石を投げるな!頼む、止めてって痛いって!だから止めろって!真面目に作業に取り組めよ!分かった!レイピアか!ボクのレイピアが羨ましいんだな。それならそうと早く言ってくれれば良いんだ。」
「なんか石なげてごめんな。」
「わかれば良いんだよ。わかればね。」
二人は仲直りした!
だがその時!瓦礫の側で蠢く存在があった!
「何奴!」
綾鷹は叫んだ。そこにいたのは武士だった。剣豪である。柳生随一の難剣と謳われた柳生新開その人である。
「ああっサイン欲しい!」
綾鷹は被災者的な人を見つけ、思わず元気付けてあげるために何らかのファンであることを装う発言をすることで調子づかせてあげようとしてしまったが、これは柄にもない発言であった。そしてそれ以上に悪手であった。柳生新開の瞳孔は散大し、瞼からは大粒の涙が溢れ、鼻水と涎を垂らしながら笑っていたからだ。
「ヒーッ!ヒーッ!あの女騙したやがってヒヒヒヒヒヒ。ヒヒ、あんなバケモンが来るなんて聞いてねぇ。ち、…ヒヒヒーッ!俺は何も見て無いウヒヒヒヒャア!ち、…ち、…ヒヒーッ!」
柳生新開は明らかに正気を失っていた。レイピア使いの綾鷹が駆け寄るが、視界に入っていない。
「おい…頭、大丈夫なのか?」
新開は綾鷹の制止を振りほどいて何処かへと消えた。
「俺はなんて無力なんだ!頭のアレな人に怖気付き、あまつさえ見逃してしまうとは。」
綾鷹は自分の無力さに打ちひしがれていた。貴族としてこれ程の屈辱は無いだろう。どれほど時代が進もうとも、あらゆる災害に対して人間は無力なのだ。その実感が貴族として嫌という程沸いている。綾鷹は涙を流した。
だが一方で、耕太郎は柳生新開の姿を見て、なんというか、興奮していた…!人間達が傷つき、壊れ行く様をもっと見たい!そう思っていた。気がつけば耕太郎は口から涎を垂らしていた。精神の破壊された人間の肉を食べたい…!
今更だが耕太郎は破綻者だった。闇雲希を尊敬している時点で気づくべきだったが。
だが、伝説の焼きそばパンの価値は焼きそばパンそれ自体にあるのではない。傷つき壊れた人間の肉、それこれが本当の伝説の焼きそばパンだったのだ!耕太郎は豁然大悟した。
耕太郎はじっと綾鷹を見た。
「早くあの人を追いかけないと。」
「奴はもう駄目だ。諦めな。」
ふと声がした。声の方を見ると、林の陰に男が立っていた。顔面に大きな裂傷のある、死刑囚めいた風貌のヤンキーである。
「お前はッ!ヤクザを一万人以上殺害した噂のあるクラスメイトの上級ヤンキーおかもとくん!」
その時!上空を10台以上のヘリコプターが舞っていた!ヘリコプターの胴体部には『MKPD』の文字!マジン・ケイカン・ポリス・デパートメント!魔人警官だ!
「魔人警官!?」
「いや、よく見ろ…あれは公安のヘリコプターだ。つまりマジン・コウアン・ポリス・デパートメント。魔人公安課だ。」
公安!
「やあ!俺の名は魔人公安警察官の佐田魔豚(マートン)!プレイボール!」
ヘリコプターの一台から垂直降下着地したのは魔人公安の一人、マートンだ!マートンはメディア露出も多く、巷にはマートンおにぎりとかのグッズ展開もされてる日本の代表的な魔人公安の一人だ。
マートンは対魔人用サブマシンガン、AK-1969カスタムを慎重に構えている。
「俺たちはただの魔人公安じゃあ無いんだぜ。なんと、俺たちはフロリダ魔人公安だ。」
フロリダ魔人公安!フロリダ魔人公安!
フロリダ魔人公安とは!?フロリダ魔人公安とはフロリダ州の重犯罪刑務所からスカウトした重犯罪魔人を従える魔人公安の一部隊である。マートン自身はエリート警官だが、その職分はフロリダ囚魔人部隊を従える有能な魔人警官であり、部隊長であり、誇り高き騎士だった。余談であるが野球とは本来中世ヨーロッパの騎士の間で流行したイタリアンスポーツであることは実は有名である。サッカーもイタリア発祥のスポーツだが、野球とサッカーの関連性は今の所判然としない。筆者としてはキックベースが二つの間のミッシングリンク足り得ると考えているが、皆はどう思うだろうか。知の宇宙…
「あーあ、また出たよ。」
訳のわからないことを独り言ちながらヘリコプターから出てきたのはフロリダ囚魔人!この者は一見すると囚人には見えぬ、スラリと脚の長い美丈夫である。だが、美丈夫は捕虜めいた麻袋を頭に被り、麻袋には大きく「米」と肉筆で書かれている。また、上半身は裸で、海パン一丁であり、ロングブーツを履いている。まるで海外のプロレスラーのようだ。
「て、テリーマンだ…!」
耕太郎は思わず呟いた。
「間違いない。あのデザインはテリーマンだ。」
綾鷹も納得した。
「現れたか、テリーマン!」
マートンも認めた!
「違う!俺はフロリダ公安騎士団の囚魔人、伊藤風露!!!俺は探偵だ!!!この事件と貴様らの肉体を解決してやる!!!」
伊藤風露と名乗ったテリーマンはフロリダの凶悪な囚魔人の一人だ。しかし現在はマートン管理の下、騎士団員の一人として魔人公安の秘密任務に参加させられる身分にある。
「誰がテリーマンだ!!!俺のデコがケツの穴みたいになっているか!?よく見ろ!!!俺は伊藤風露、元魔人探偵だ。」
「麻袋被ってたら、わからないよ。」
耕太郎は指摘した。
「成る程な。シュレディンガーの猫と洒落込む気か。薄汚い犯罪者の分際で。この貴族たる姫小路綾鷹が成敗してくれる!」
姫小路綾鷹がレイピアを構えた。
「ディテクティヴパッケージホールド!!」
テリーマンは綾鷹にタックルした!これこそが古代ビクトリア朝より伝わる本格推理武術探偵道の一派、バリツである。間違いない、この者は音に聞こえる人工探偵という奴だ!
「我々は伝説の焼きそばパン争奪戦により壊滅的な被害が起こったと聞き駆けつけた。今回の事態の収束が我々の目的パッケージホールド!」
マートンもまた綾鷹にタックルした!パッケージホールドにパッケージホールドを足して二倍!だが綾鷹はこの猛攻を堪えた!貴族だからだ。
「貴族は心の作りが平民とは違うんだよ!ボクの目的は事態の収束とあわよくば伝説の焼きそばパンの確保だ。」
「我々は数ヶ月前からパン崎努という若者をマークしていた。彼は実は革命思想を持つ過激な人間で、伝説の焼きそばパンを手に入れることで女性関係のコンプレックスを解消し、革命を勃発させる勇気を得ようとしていた為魔人公安にマークされていたんだ。優勝おめでとうッ!」
「優勝おめでとうッ!」
「優勝おめでとうッ!」
「優勝おめでとうッ!」
だがパン崎努は死んでしまった!この事実は魔人公安の知るところではない。優勝してしまったが、祝う相手がいない!優勝おめでとう!
「パン崎努は既に革命の準備を整えていた!この学校に何人もの革命戦士を潜ませてな!国家転覆容疑でこの希望崎学園を強制捜査と言う名の大虐殺だーッ!どのみち生きててもロクな連中じゃねーんだ!全員ぶっ殺しちまえ!俺たちフロリダ公安騎士団は魔人公安警察とは実際無関係です!」
欺瞞!だがこれはフロリダ公安騎士団が通常の警察機構の手元を離れた独立組織であるが故の先鋭化、暴走であることを如実に指し示す!犯罪者には犯罪者を!フロリダ公安騎士団によって齎されたのは独断専行の下で行われる合法な犯罪行為に過ぎなかった!
「地獄の野球勝負の始まりだ!」
「ディテクティブパッケージホールド!」
「ファッキンイェーッ!」
「何度も何度も、ぐりがえじぐりがえじ、ぐ…いてぇ、ぐ…いてぇ、ぐ…いてぇ」
「君は"彼女"にそっくりですね?ねぇルーカー…あの時君がものすごく嫌がったのは、僕らの親密度が低かったからだと思うんです…」
ヘリから続々とフロリダ公安騎士団員達が降下してきた!彼等は皆一様に正気を失っており、虚ろな眼は幾たびの戦いが精神に刻んだ耐え難き傷を想起させる。
このフロリダ公安騎士団員達は全員、かつて6年前に行われた伝説の焼きそばパン争奪戦の参加者、その生き残り達なのである。6年前の戦いは今回の戦い以上に凄惨を極め、生きている参加者達は全員逮捕されたという。彼らフロリダ公安騎士団の囚魔人こそがその重犯罪者なのだ。6年前、彼等に一体何があったのか!?
「6年前の戦いは他にゾンビとか吸血鬼とかカレーパンとかしかいなかったからな!生きてる人間でフロリダ州で犯罪歴のある人間はこれだけしかいなかったんだ。」
「4人もいたのかよ。」
綾鷹は冷静に突っ込んだ!
「俺の名は伊藤風露。罪状は殺人罪だ。」
「私はMACHI。罪状は殺人罪よ。」
「私は久留米杜莉子。罪状は殺人罪よ。」
「俺は黒天真言。罪状は殺人罪だ。」
殺伐!フロリダ州の殺人鬼が4人も揃い踏み!
「グヘへへへ貴様らを革命戦士ということにでっち上げて全員処刑してやる。」
だがその時!4人のヨガ部員達が赤旗を掲げて此方に向かって全力疾走していた!ティーガー戦車で!
「革命の狼煙は上がったァ~!皆殺しだーッ!ダンゲロス1969待ってます!」
戦車から上半身を突き出し拡声器で声を荒げてロケットランチャーを辺り一面に撃ち込んでいるのはヨガ部の部長、虐殺山煉獄親方!当代最強のお相撲さんはヨガ部を装い革命思想を振りまく危険人物だった!
「魔人公安を殺せーッ!人間どもは殺せーッ!」
戦車の観測士を務めているのは頭がカレーパンの異形の男!6年前、伝説の焼きそばパンをめぐる戦いに敗れた彼はその後精神に重大な後遺症を負い6年間留年し続けた後、道を踏み外して革命思想に染まった!彼の名はカレーパン!伝説のカレーパンその人である。
「長州ーーーーッ!!尊皇ーーーー!!攘夷ィィーーーーッ!!」
時代錯誤な言葉を口に戦車を操縦しているのは6年前の伝説の焼きそばパンをめぐる戦いにおいて暴威を振るった尊王攘夷志士のたった一人の生き残りである。彼自身は己の目的の為に革命戦士達に協力しているに過ぎないが、長い時間を経て思想を超えた友情が芽生えつつある。人間は分かり合えるのである。
「あ、あの……死ね…」
部長の真下でロケットランチャーの次弾装填を補助しているのはロングの黒髪、褐色の肌、筋肉付きの良い体をしたおとなしそうな女性である。相当、可愛い部類に入る。さぞ、パンツはうまかろう。
彼女の名はアナスタシア。革命思想に汚染された破壊者である。
「凄い!凄いぞ!あんなに美味しそうな人達が…いっぱい…!」
耕太郎は確実に人の道を踏み外しつつあった!ヤバい!
だが、恍惚とする耕太郎は綾鷹に首根っこを掴まれて強制的に逃げ出した!
「何をしてるんだ!こんなに人が集まったら巻き込まれるぞ!ここは一旦逃げるんだ!」
綾鷹は林に駆け寄り上級ヤンキーおかもとの手を取ると、彼も連れて走り出した。
「お前もボーッとしてないで一緒に逃げるんだよ!」
「俺が…?一緒に?」
クラスメイトの三人は走ったとにかく走った。20分は走っただろうか。彼等が辿り着いたのは小汚いハウス、番長小屋だった。
「とりあえずここに隠れるんだ。」
「なんで俺なんかを助けた?」
上級ヤンキーおかもとは綾鷹に尋ねた。かなり当惑しているようだった。
「貴族として誰かが傷付くのを見過ごすわけにはいかないだろ。父様が言ってた。この貧民め!」
なんかムカついたので上級ヤンキーおかもとは綾鷹の袖で血を拭った。
「ねえこれ結構高い生地だからマジでやめて。」
「なんかごめんな。」
「わかれば良いのさ。わかればね。」
「そうか…」
こうして三人の間に奇妙な友情が芽生えたのだった。友人に対して上級ヤンキーおかもとは色々な事を気軽に話した。それはヤクザを1万人以上殺害したとは思えない気さくな態度だった。
上級ヤンキーおかもと話してわかった事があった。
まず上級ヤンキーおかもとはフロリダ公安騎士団のスパイであること。
6年前の争奪戦に校則違反四天王として参加していたこと。
そこで四天王がよく数えたら5人いたこと。
なんかムカついたのでヤクザ事務所を襲撃したら変な因縁をつけられて最終的に1万人以上のヤクザを殺害したこと
そんなことをしてたら争奪戦に間に合わなかったこと
最後に殺害したヤクザがフロリダまで逃げたので、地の果てまで追いかけてぶち殺したら普通に現地の警察に逮捕されてしまったこと。
明日16歳の誕生日であること
色々なことがわかった。
「あの…そろそろ警察に出頭した方が…」
綾鷹はビビっていた。耕太郎もビビっていた。こんな時に欲しいのが闇雲先輩のようなタフさだ。耕太郎は闇雲先輩の意思を受け継いだ。勇気を振り絞らなければ。勇気を振り絞って人肉を食べるのだ。
「俺は伝説の焼きそばパンを手に入れる。」
耕太郎は涎を垂らしながら言った。
「お前…頭大丈夫か?」
綾鷹は耕太郎が手に持つ焼きそばパンを見ながら冷静に突っ込んだ。
「俺は闇雲先輩のように幸せになりたい。大切な事を闇雲先輩から沢山学んだんだ。」
耕太郎は静かに言った。その眼は決意に満ちていた。綾鷹はよくわからないが、これは何か並々ならぬ事情があるものと思った。
「幸せだと?下らんな。人が人に与えることが出来るのは傷だけだ。」
上級ヤンキーおかもとの顔面の裂傷が物悲しい雰囲気を発していた。
「違うッ!闇雲先輩の意思を受け継いで俺は人肉を食べたい!」
「えっ」
「えっ」
「えっ」
その時!!!小汚いハウス、つまり番長小屋を破壊しながら中に侵入してきたのは巻き毛の美女だった!
「お前はっ!アディダス舞子!!!」
綾鷹は叫んだ。とにかく叫んだ。叫ばなければ底のない人間の闇みたいな何かを覗き込んでしまうと思ったからだ。
「アディダス舞子だ!!!間違いねえ!!!アディダス舞子だ!」
上級ヤンキーおかもともまた叫んだ。彼は他人が心の内に秘めたヤバい系の願望とかそういうのにはノータッチ主義だったからだ。
「アディダス舞子!!!理解不能な未知の言語で構成された名前を持つ貴様が何故ここに!!!」
耕太郎もまた叫んだ。自分が異常者である事に気付いてしまったからだ。とりあえずなんか叫んで誤魔化したかった。
三人の心からの叫びを聞いたアディダス舞子は和かに微笑んだ。
「うおおおおお私の名前はアデュール舞子だあああああ!!!」
みんなも名前間違いには気をつけよう。
「残念だったわね。伝説の焼きそばパンを渡して貰うわ。私はね、パン崎くんと志を同じくする革命戦士なのだ。かわいいかわいい後輩ちゃんっていうのはヨガ部の新人部員のアナスタシアちゃんのことなの。死んでもらうわ。」
アデュール舞子は懐から拳銃を取り出し、耕太郎に向けた。殺すつもりなのだ。怖い!
「えっ!?ちょっと待てよ!!」
思わず耕太郎は抗議した。アデュール舞子は取り合わない。アデュール舞子は拳銃を撃った!アデュール舞子の放った弾丸は耕太郎の耳を掠め、背後の壁に激突した。
「ごめんなさいねぇ。これもかわいいかわいいかわい~い後輩ちゃんの為なの。そして私は革命戦士なのよ。」
アデュール舞子は冷徹に微笑んだ。
「ちょっと待て!いきなり出てきて、まずお前は誰なんだよ。」
耕太郎の抗議も最もだ!いきなり現れた危険思想の美女など知り合いにいない!
「えっ!?私の事知らないの!?」
「知らないよ!」
「えっ…うそ!どうしよう。」
アデュール舞子は予想外の事態に弱い!
「とりあえず威張ってみたら。」
上級ヤンキーおかもとのナイスフォロー!!彼は美女に弱かった。
「そ、そうね。いい事言うわねボク。じゃあ全員私について来なさい。捕虜ってワケ。アンタ達がさっきまで購買部にいたのは仲間から連絡がついてるんだからね。でも三人の内二人は殺すわ。」
アデュール舞子は宣言!だがその時、姫小路綾鷹の体が金色に光り輝き始めた。
「『ティータイム』の時間だ!」
金色のオーラめいたものを纏った綾鷹は高速でアデュール舞子との距離を詰めた!素早い動きだ!アデュール舞子といえど対応できなかった。
この瞬間!アデュール舞子は自らの異変に気が付いた。
そう、体がビチョビチョに濡れているのである。しかもなんか臭い。一日放置した緑茶みたいな臭いがする。
「これはッ!『お茶』!!」
彼が纏うものはお茶だ!
「くっ臭い!私凄くお茶臭いワァァー!!しかもお茶がかかって拳銃の火薬がダメになってる!」
この一瞬の隙の内に耕太郎はコンクリート片をアデュール舞子の頭に冷静にぶつけた。
「いたああああーっい!」
「えっ何してんのお前。」
この行動には流石の綾鷹もフォローのしようがない!耕太郎は口から涎を垂らしてアデュール舞子の頭の裂傷を踏みつけていたからだ。
「ヤバいよ、それ。」
「じゃあ止めとくよ。」
「わかればいいのさ。」
こうしてアデュール舞子は一命をとりとめた!よかったね!
だが、危機は去っていなかった。いつの間にか小汚いハウス、つまり番長小屋の周りをフロリダ公安騎士団とヨガ部革命軍に囲まれていたのである。アデュール舞子の発したSOSに導かれたのだ。既にヨガ部長は爆死、MACHIと黒天真言は仲間割れして相討ち、クルメ細胞の副作用による極限の飢餓感により発狂した久留米はマートンに粛清されていた。
「ぐへへへそれが伝説の焼きそばパンか。そいつをいただくぜ。」
アナスタシアが言った。
「アナスタシアちゃん…助けに来てくれたのね。」
アデュール舞子は弱々しく呟いた。
「ぐへへへ、醜態でござるなぁ~、先輩。」
「貴様らッ!やりたい放題も好い加減にしろ!」
その時、突如として現れたのは!
ああ現れたのは!
生徒会長だ!
「ド正義生徒会長!助けに来てくれたんですね!」
生徒会役員の耕太郎は生徒会長のことを知っていた。みんなも良く知る、頼り甲斐のある、 眼鏡を掛けた白ランの男だ。いかにも厳格そうな顔つきで、鬼のような形相で此方を睨んでいた。
「雑魚が軽々しく私を呼ぶな。ひねり潰すぞ…ゴミが…」
「申し訳ありません、閣下。」
耕太郎はその場に跪いた。
「うむ。それで良い…俺は前回のダンゲロス・ハルマゲドンで力が全てだと気付いた。全てを破壊する、圧倒的なパワーだ。」
この生徒会長の名はド正義山親方。身長2m、体重300kgの巨漢だ。ヨガ部長煉獄親方すらも遥かに凌駕する、圧倒的な力量を持つ筋肉横綱である。
「つまり、この事態を収束させられるのは俺様の恐怖政治しか有り得ない。」
ド正義山親方が両の拳を地面に突き合わせた!圧倒的な殺戮が始まる…
「なー…」
マートンが何か言おうとしたが、間に合わなかった。
『超速攻高潔相撲』!!!!
即座に、革命戦士とフロリダ公安騎士団達の前に力士の幻影が出現した。その顔は皆ド正義山親方である。
ド正義山親方の能力は『超速攻高潔相撲』と言う。校則に違反した者に圧倒的なぶつかり稽古をすることで、この世という名の土俵から強制的にリングアウトさせるという大技である。喰らった者は1人の例外なく死に至る。
「グアアアーッ!」
「ドベェェェーッ!」
「ギニャァァアーッ!」
「ブワァァァァーッ!」
「オホォォォォーッ!」
カレーパンが、攘夷志士が、アナスタシアが、伊藤風露が、マートンが死んで行く。圧倒的な、暴力的なぶつかり稽古によって…
「イヤ、イヤ、イヤァァァァァ!」
この凄惨な光景を目の当たりにしてしまったのはアデュール舞子だ!彼女だけは校則違反らしい違反をしてなかったのでド正義山親方の視界に入らなかった!
「イヤァァァァァ!」
アデュール舞子は泣き叫びながら何処かへと逃げて行った。行き先には死神が潜んでいるのだが。
「クソどもが…俺を見て生きている奴は校則を守ってる奴らだ。俺に従え…!」
耕太郎は綾鷹の忠告を聞いておいて本当に良かったと思った。そして、これからは圧倒的な力のみを信じようと思った。圧倒的な力、それのみを!
「ということで俺は修行の旅に出たのさ。」
「先輩カッコいいです。」