「あ、あの……センセ、これ……」
震える手で差し出された可愛らしい包み。
見上げる瞳は期待と不安に揺れている。
自惚れでないのであれば、これは、きっと。
「い、いつもご飯コンビニって聞いてて、その……良かったら」
「……それじゃ、頂こうかな」
「っ! ありがとうございますっ!」
「立場が逆だろ。でも、ありがとな」
だけど、その気持ちには気付かないフリをする。
一度、拒んでしまえば。
きっと、この少女は立ち直るまでに時間がかかる。
それが分かっているから、この子を放って置くことはできない。
大人になりきれない自分の甘さと、いつか来る別れに目を背けて、京太郎はそっと包みを解いた。
末原恭子は恋をしていた――それも、年上の男性に。
ちょっぴり情けなくて、でも頼りになるところもある優しい先生。
生徒と先生の恋なんて御法度だけど……部活の仲間や監督代行に背中を押されて、少しだけ頑張ってみることにした。
綺麗に見える化粧の仕方や可愛いファッションを覚えた。
いつもお昼をコンビニの惣菜で済ませているから、早起きしてお弁当を作ってみた。
当たって砕けろの精神で、しかし最善の努力を尽くすように。
一歩一歩をしっかりと、彼の心に届くように。
そうして今日も、彼女は職員室を訪れて――
「え? 先生が……転勤?」
――いる、よなぁ。
教員専用の駐車場に車を停めて、ふと見たサイドミラーに映る姿。
本人は物陰に隠れているつもりなのだろうが、その高い身長故に隠れ切れず、トレードマークの帽子がはみ出している。
様子を見る限りだと、こちらのことをチラチラと窺っている。
時間的にも生徒が登校するには早過ぎる。そして部活の朝練でもないとすれば、あの少女が自分を待ち構えていることは間違いない。
「おはよう、早いね」
「あ! お、おはようございます!!」
車から出て挨拶すると、顔を真っ赤に染めて返事をする彼女。
その表情は、かつて大阪で勤めていた頃の教え子を思い出させた。
「それで、どうしたの? こんな時間に」
「は、はい! き、今日……そ、その! バレンタインだから……だから!」
強い勢いで突き出される小箱。
きっと、手の震えは寒さのせいだけではないのだろう。
「ん……ああ、ありがとう。後で、いただくよ」
誰よりも早く渡したかった。
そんな彼女の想いが伝わってきて、拒みきれずに小箱を受け取る。
「……!」
ぱあっと、分りやす過ぎる程に伝わってくる喜びの感情。
何から何までが、大阪にいた頃の『あの子』を連想させて。
「……早く校舎に。寒いだろ?」
「はいっ!」
『その時』が来たら、自分は彼女を拒めるのか。
自分よりも背の高い教え子と並んで、京太郎はそっと鞄に小箱を入れた。