注文の多い

「一月後に龍門渕グループのパーティーがあるのですが――是非とも京太郎くんを御招待したいと、透華お嬢様が仰っています」


京太郎が夏休みの企画を練っている時に訪れて来たハギヨシ曰く、龍門渕グループ主催のパーティーに招待して貰えることになったらしい。

この夏に何か特別な体験をしてみたいと思っていた京太郎にとってはまさに渡りに船であり、頷く意外の選択肢はない。


「それでは――参加なさるということで、よろしいですね?」


やけに強く念を押してくるハギヨシに怪訝に思いながらも、京太郎は再び頷いた。


「……わかりました。それではまず、こちらを」


直後、ドサリと目の前に置かれる分厚い本の数々。

京太郎は呆気に取られて言葉がでない。

あんぐりと口を開けたままの京太郎に、ハギヨシはさも当然と言わんばかりに。


「客人の立場とは言え、格式ある場所ですから。最低限のマナーは、身に付けていただきます」

「ご心配無く――私が、誠心誠意ご指導致しますので」

 

地獄の一月が、始まった。

 

 

そして、パーティー当日。

シャンデリア、ワイングラス、テーブルクロス、壁に掛けられた絵画。

どれ一つとっても煌めいており、そして会場内で見かける他の参加者たちも、誰もが一度は見たことのある著名人ばかり。

一般人なら間違いなく萎縮する光景。


「本日は、ようこそおいでくださいました」

「こちらこそ、本日はお招きいただきまして、ありがとうございます」


だが、オーダーメイドの礼服に身を包んだ京太郎は、気品すら漂わせて透華に返礼する。

ハギヨシの指導はそのままの意味でのスパルタ指導。

一般的なマナーは当然。立ち振る舞いについても徹底的に叩き込まれた。

しかし、経営学や帝王学、挙げ句の果てには格闘術まで学ばされるのはいくらなんでもおかしいと抗議した京太郎だが――


「京太郎様は、透華様に恥をかかせるおつもりですか?」


ハギヨシの感情のない眼差しを前にしては、何も言うことはできなかった。

とにかく、こうして京太郎は外側からも内側からもこの場に相応しい人間として作り変えられた。

元の素材が良かったこともあり、今では貴族と名乗っても通じる風格を身に付けている。


「ほう、君が透華の言っていた」

「お父様」


透華と話をしていると、有名人が集まる会場の中で一際目立つオーラを放つ人物が声を掛けて来た。

お父様と呼ばれたその男性は、京太郎を見ると、まるで品定めをするように目を細める。


「幾つか、君に聞きたいことがある」


そのまま、幾つか質問をされる。

龍門渕についてどう見るか、この先の日本経済についてはどうか、透華についてはどう思っているのか。

個人的なことも含めて様々な分野の質問を繰り出されるが、ハギヨシの特訓の成果により、全て淀みなく答えることが出来た。

やがて問答を終えると、透華の父は満足したように腕を組んで頷いた。


「どうやら、私の娘の目に狂いはなかったようだな」

「それでは!」

「ああ、認めよう――お前と、京太郎くんの婚約を」


どういうことか問いかける前に、透華に唇を奪われる。

心は酷く動転していたが、身体は当然のように、透華を強く抱き締めていた。


「……」


その様子を、ハギヨシは穏やかな微笑みを浮かべて見守っていた。

最終更新:2014年08月17日 16:46