魚返善雄『言語と文体』まえがき

この本は広い意味の言語学の立場から、文体の本質と位相について著者の考えた理論の概要を述べ、同時に文学作品や日常言語に対する応用を試みたものである。

著者はこれまで言語学・文学・比較文化などの領域でしごとをし、専門的な論著のほかに随筆・評論の類をも手がけてきたが、文体を全面的に研究することの必要を感じたのは、むしろ諸国語からの翻訳に関連してであった。いろいろな制約をともなう韻文の場合はもちろん、比較的「自由」な散文の翻訳においてさえ、原文のスタイルが満足に伝えられないばかりか、まったく異なったムードの日本語として再生産されている状況には、大いに疑問をおぼえたものである。
このことは著者に、単なる意味の伝達または文体の移植としての翻訳ばかりでなく、広く人間生活における表現の問題について考えさせずにはおかなかった。青年時代から外国人に日本語を教え、日本人に外国語を教えてきたことも、一つの動機になっていると思う。しかし、表現と理解のすべてのプロセスにわたって言語のすがたをとらえ、その根底にあるものを究明することは、われわれ一生のしごととしても容易なわざではない。著者はこの本のなかで、先覚者たちの努力の上に築いた多少の独創的体系と、みずからの著訳書によってこれまでにテストした結果をひとまず取りまとめ、さらに今後の前進を心がけるほかあるまい。
この小さな型の書物に、論じたい多くの内容を盛りこむためには枚数を切りつめ、文例も最低限度にとどめるほかなかった。また、音韻に関する基礎的部分も除外したが、これは日本音声学会発行の論文集『音声の研究』 (第十集)に「文体論のための音声学」と題して収録した拙稿を参照されたい。
文体の原理を単一の体系に組織だてることは、現在つよく要望されている。またその応用の面においても、適切な選択規準によってそれぞれの特徴を生みだし、能率的で美的な言語活動をおこなうのが、社会としても個人としても望ましいことである。自己の経歴や現職、志向などにとらわれて、文体そのものの領域を限定してかかることは、それが語学的であるうと文学的であろうと、普遍妥当性を欠くものといわなくてはなるまい。
著者は読者とともに、今後も内外の専門家に学び、実際家に教えられ、この道の開拓につとめることを念願してやまないものである。
一九六三年早春
魚返善雄《おがえりよしお》



まえがき
1人生と言語
2言語と文体
3発言と文
4文と語
5題目語
6説明語
7連結語
8表情語
9固定型と類推型
10外形・機能・内容
11語の意味と文の意味
12表現・伝達・理解
13事実と感情
14感情の種類
15愛・憎と喜・怒
16哀・楽とゼロの感情
17文体の位相
18語体のLCS
19対偶
20対比
21韻律
22押韻
23翻訳の原理
索引

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最終更新:2017年01月04日 22:38