ちゃんと体重あるんだな、先輩――いや、当然だけど。
今日の「怜係」の役目として、怜をおんぶして廊下を歩く京太郎は、そんな感想を抱いた。
「いーつもすまんなぁ」
「それは言わない約束でしょう、ばーさんや」
「誰がばーさんや、誰が」
「いて」
ぺしり、と頭を叩かれる。
軽いツッコミ程度のもので痛みはちっとも感じないが、それでもいい音を響かせるのは関西人としての才能か。
「確かに、ウチ病弱やけど……」
「ほーら、またそういうアピール。部長に怒られますよ」
「あー、確かに竜華にどやされるのは勘弁やわ。どこのオカンやって感じだし……」
「だーれがおかんや、だれが」
噂をすれば影。
廊下の曲り角から、千里山麻雀部部長の清水谷竜華が姿を現した。
「げっ」
「露骨にイヤそうな顔すんのやめい……須賀くんも、あんま怜を甘やかさんといてな?」
「え、でも怜係ってそういうものだと先輩が……」
「……とーきー?」
「ひゅーっ」
「下手な口笛で誤魔化せると……?」
「京ちゃんあとヨロシク!」
「あっ!」
「待てやーっ!」
ハリウッドよろしく京太郎から飛び降りる怜。
そのまま先程の気だるげな様子をまるで感じないスピードで階段を降りて行く。
それを、鬼もかくやといった顔で怜を追いかける竜華。
「ぜんっぜん元気じゃねえか……」
尚、この後案の定すぐに息を切らした怜が竜華に捕まり。
ついでに、京太郎も一緒に説教を受けることになるが、それはまた別の話だ。
【1~30】
「京ちゃんと付き合うことになったんだっけか――おめでと、りゅーか」
「あは、ありがとな」
下校時刻となり、活動を終えた麻雀部。
夕日も沈み、すっかり暗くなった部室に、竜華と怜の二人だけが残っていた。
「で、話はそれだけ? 京くん待たせてるし、早く帰りたいんやけど」
「いや、京ちゃんのこと誘惑したのかと思ってな? そのやらしいりゅーかボディで」
「なんやそれ」
怜の台詞に、思わず吹き出す竜華。
「それに、『京くん』か。随分露骨になったもんやな」
「やめーや、そういうの――いくら京くんにアプローチしかけて、尽くスルーされとったからって。そんな身体張ったギャグはいらんよ?」
「っ!」
「『ウチもみんなに置いていかれていたから、京ちゃんの気持ちがよくわかる』――だなんて、よー言えたなぁ。京くんとは違ってズルしてるクセに」
「……そんなこと、ない! ウチはちゃんと、京ちゃんのことを思って」
「どーだか、京くんはちゃんと人のこと見てるからな。私を選んだのがその答えや」
「……!」
ぎりっ。
苦虫を噛み潰したような表情で、怜は歯軋りした。
「きょーちゃん」
「何すか――おわ、急に乗っからないでくださいよ」
「ええやん別に。減るもんでもないし」
「ま、まぁ……そうですが」
「仲ええなぁ、二人とも。ホント」
【31~60】
「怜ぃっ!!」
「なんや、やかましい。ウチ、病弱なんでそういうのは勘弁な」
「茶化すなやっ!! 一体どういうつもり!? 京くんは、ウチの彼氏なのに――」
「あー、バラしてもうたのか、京ちゃん。部長にはナイショって言ったのに。マジメやなぁ」
パタン。
竜華の怒りもまるで意に介さず、怜は呑気に読んでいた本を閉じた。
「言っとくけど、先に手を出してきたのは京ちゃんやで。まぁ、ウチも努力はしたけどな?」
「……ウソ」
「嘘のようなホントの話っちゅーヤツや。可哀想になあ、京ちゃん。かなり溜まっとった」
「ウソや、そんな話。聞きとうない」
「先に突っ込んできたのはどっちやねん。それに、竜華にも問題はあるんよ?」
「……」
「大方、高校生のうちはプラトニックな関係を――だなんて、考えてたんやろうけどな。京ちゃんも健全な高校生だったっちゅーことで」
「怜ぃ……っ!!」
激昂しながらも、図星を突かれた竜華は反論することが出来なかった。
以前の怜の発言に悔しさを感じ、そういった行為を『お預け』にしてきたのは事実だったからだ。
「『京くんはちゃんと人のこと見てる』……だっけか? まぁ、確かにその通りやね。自分ばっかの竜華よりも、ウチは京ちゃんのこと考えとる。だから京ちゃんもウチに甘えてくれたんやろうね」
「誘惑しといてぬけぬけと……!」
「私よりもずっと立派なもん持っときながら活かさなかったのは誰? そんな身体張ったギャグはいらんよ」
「このっ!!」
乾いた音が室内に響く。
頬を痛々しい赤色に染め、唇の端から血を流しながらも、怜は余裕の表情を崩さなかった。
「大体、なんやねん。付き合っときながらキスの一つもなしって」
「怜が! アンタさえいなければ!!」
「もう後の祭りやね。うち、絶対竜華に負けないもん貰ったもん」
怜の白い手が、そっと下腹部を撫でた。
「……ウソ、やろ?」
絶句する竜華に、怜は何も答えず。
ただ、優しく微笑んだ。
【61~98】
「ほら、そんな顔しないできちんと食べないと。お腹の子も保たんよ?」
「いーっぱい食べないとなぁ……。幸せやろ、怜の大好きなもの使ったからなぁ。うちもさっき摘み食いしたし」
「ああ吐くなんて勿体ない! なに考えとんねん!!」
「……ああそっか、産気づくと吐気が辛くなるんだっけ? ごめんなぁ怜、ほっぺ痛かったやろ?」
「あは、ありがとな。怜のそういうとこ、大好きやで」
「勿論、京くんの次に――やけど」
「……にしてもいいなぁ、赤ちゃん。私も頑張ってもらわないと」
「男の子なら竜太郎、女の子なら京華がいいかな?」
「なぁ、怜――どう、思う?」
【ゾロ目】