「おはようございます!」
朝、目が覚めたら一面金世界だった。
「……」
確か昨日は宿題を終わらせて、参考書を枕元に置いて寝た筈だ。
それに、こんな目に焼き付くようにギラギラ眩しく光るシャンデリアなんて京太郎の部屋にはない。
枕やベッドもここまで手触りの良い上等なものではなかった筈だ。
「……夢、か」
きっとこれは夢なんだ。
目が覚めたらいつも通りカピバラを撫でて、カバンにテキストを入れて、ダラダラ登校するんだ。
そう結論付けた京太郎は、布団を被り直し――
「起きなさい!!」
「ぐえっ!?」
透華のボディプレスの直撃を受けることになった。
「まったく、いくらなんでもあり得ませんわ。この私を前に二度寝など」
「そう言われましても……」
正直、現実に脳が追い付かない。
気が付けば寝巻きもどこぞの富豪が着るようなバスローブに変えられていた。
それなりに実家が裕福であることを自覚している京太郎でも、この贅沢の限りを尽くした部屋には萎縮してしまう。
「あの、どういうつもりかは分からないけど……そろそろ、家に帰らないと」
「?」
「いや、なぜそこで首を傾げる」
「いや……おかしなことを言うなと思いまして」
「はい?」
「だって、帰るもなにも……ここが、あなたのお家でしょう?」
「……は?」
透華の言葉が、理解できない。
「……どうやら、互いに認識の違いがあるみたいですわ」
透華が腕を組んで溜息を吐く。
それはこちらの台詞だと、京太郎は言いたくなった。
「ハギヨシ」
「はっ」
透華が指を鳴らすと、長身の執事服を着た男性が姿を現した。
扉を開けて入って来たわけでも、物陰に隠れていたわけでもない。
まるで魔法使いのように、急に意識の中に入って来たのだ。
ハギヨシと言われた男がリモコンを操作すると、天井からスクリーンが降りて来た。
その動作に合わせて床の一部が開き、プロジェクターがせり出て来る。
「なんつー……」
この部屋だけで自動卓がいくつ買えるのだろうか。
京太郎は目眩を感じて額を押さえた。
「ふふふ……私の考えた仕掛けに、声も出ないようですね」
「もう……それでいいです」
このお嬢様を理解できる日は来るのだろうか。
京太郎がツッコミを放棄すると、ハギヨシの準備が整ったようだ。
「こちらが、京太郎様の昨日までのお住まいです」
「……え?」
そして、スクリーンに投影された映像に、本当に声を失った。
「正確には、昨日までのお住まいの、現在の様子……ですが」
ハギヨシの声も耳に入らない。
人工衛星によって撮影された、見覚えのある景色。
昨日まで京太郎が通学路として通っていた風景。
違う箇所があるとすれば、ただ一点。
「俺の……家が」
「ですから、あなたのお家はここです!」
昨日まで寝泊まりしていた自分の家が。
まるごと、更地になっていた。
「どうして……」
「面倒ですもの、一々会いに行くのが。だったらこうして同じ家にあなたを連れて来た方が効率的ではありませんこと?」
京太郎は、隣に寄り添う彼女が自分とはまるで違うということを、改めて思い知らされた。
「ご家族やペットについては御心配なく。我が龍門渕によって今まで以上の環境を提供していますわ」
「は、ははは……」
力を抜いて、ベッドに身を預ける。
上質で柔らかいシーツが、京太郎の身体を包み込んだ。
「ふふふ……気に入っていただけようで何より。なにせ、あなたが一生を過ごす部屋ですもの」
「……え?」
「ああ、勘違いなさらぬよう。この屋敷の敷地内、という意味ですわ」
「それは」
「最高の設備に最高の環境。外に行く必要があって?」
「でも、買い物とか」
「この部屋を見てまだ足りないものがあると?」
「……学校、とか」
「それも抜かりなし、ですわ! 我が龍門渕によって最上級の通信教育が揃っています!」
「……」
「そ、それに……その、殿方は……色々とお困りになることがあるとお伺いしましたが……」
急に、乙女のように頬を赤らめ指を組む透華。
しかし、京太郎にはその様子を気にしている余裕はない。
「ハ、ハギヨシ! 席を外しなさい!」
「……」
透華の言葉通り、ハギヨシは無言で頭を下げて部屋から出て行く。
最後に京太郎を一瞥した瞳に哀れみの感情が混ざっていることは、誰も気が付かない。
「……コホン! 私が! 責任を持って処理しますから!」
京太郎の服に手をかける透華。
抵抗する気力は、湧いて来なかった。
「ツいてないよな、お前も……ま、犬に噛まれたものと思って諦めてくれや。相談があれば乗るぜ? オレも、お前のことはけっこー気に入ってるからさ」
「あはは……透華の思い付きは凄いからね、いつも。でも、ボクも君のことは好きだからさ。抜け出そうなんて、思わないでほしいな」
「……息抜きがしたいなら、いつでも来て。ネット環境なら、この部屋の設備は世界でも有数だから」
「キョータローか! 気に入ったぞ! 一緒に遊ぼう!! ずーっとな!!」
「最高の友人たちに、最愛のあなた」
「ああ――きっと、この世にこれ以上の楽園はありませんわね」
「ふふ、あなたも――そう、思うでしょう?」
【きっとずっと、いつまでも】