最強レジェンド計画

彼との出会いは、本当に彼が小さかった頃。

少しの間だけ知り合いの赤ちゃんの面倒を見てやって欲しいと頼まれたことが始まりだった。

 


「ほぇー……」

「あー……?」


無垢な顔。自分にもこんな時期があったのだろうか。

クリっとした丸い目と見つめ合う。

何となく指でほっぺたをつついてみる。柔らかい。


「あはっ♪」

「おおっ」


笑って、指を握られる。

こうもダイレクトに返されると構っているこちらとしても楽しい。

次は何をしてあげようか。


「ふぇっ……あうぅ……」

「えっ」


だが、さっきまで笑顔だったのに急にぐずり始めた。

赤子の相手をするのは初めてな晴絵でも、この次の展開は予測がつく。


「う゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っ!!!」

「あぁっ!? ど、どうしよう……お、おーよしよし」


抱きかかえてあやしてみても泣き止まない。

おしめが濡れているわけでもない。

だとすれば、次に晴絵が思い付くのは――


「……ゴクリ」

「う゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っ!!!」

 


数十分後、親が駆け付けた頃にはすっかり泣き止んで健やかな寝顔を浮かべる京太郎と、顔を真っ赤にして胸のあたりを押さえる晴絵がいたそうな。


【京ちゃん赤ちゃん、ハルちゃんティーン】

 

 

 

 

「……なーんてことがあったのも懐かしいなぁ」

「どーしたんだよ、レジェンドー」

「いーや? ただ、前みたいにハルちゃんって呼んでくれないかなーって」

「んなっ」


時は経ち、阿知賀こども麻雀クラブ。

過去を懐かしむように目を細める晴絵に京太郎が声をかけると、晴絵が京太郎に背後から抱きついた。


「いやー、最近はレジェンドレジェンドってばかりだから。あの頃みたいに甘えてくれないし?」

「そ、そりゃ……だって」


京太郎も小学校5年生、性別を意識するようになる年頃。

京太郎にとって晴絵は自分の姉のような相手だが、昔のようにベッタリと甘えるのは恥ずかしい。

かと言って完全に突き放すことも出来ず、わざわざこうして麻雀クラブにまで顔を出しているのだが。

勿論、晴絵はそのことも分かった上で京太郎をからかっている。


「本当、最近は放ってかれてばかりだし。かなしーなー」

「ぐっ……」

「京太郎に嫌われちゃったのかなー、とか思っちゃうんだよなー」

「そ、そんなことないし……レジェンドは……」

「んー?」


グリグリと、胸を押し付けるように、より強く抱きつく。


「聞こえないなー、私の名前はレジェンドじゃないし?」

「うぅ……」


京太郎の顔が茹で上がるが、晴絵は一向に離れる素振りを見せない。

こうなった時の対処法は理解しているが、それをやるのもまた恥ずかしい。

だが、この状態が続くのと、その対処法とを天秤にかけて――京太郎は、口を開いた。


「は、ハルちゃんのことは……今でも、好きだから」

「うむ、素直でよろしい♪」


ガックリと、京太郎が頭を下げる。

せめて、この顔だけはクラブの面子には見られたくなかった。

 

「飽きないなぁ、あの二人も」

「仲良しさんだね! 」


【京ちゃん小5、ハルちゃん大学生】

 

 

 

「晴絵ー、お母さんが呼んでたけ、ど……」

「zzz……」


ソファで転寝をしている晴絵。

それだけなら京太郎も肩を揺さぶるなりして、起こしただろうが。


「Zzz……」


薄着であり、シャツがはだけている。

色んなことに興味を持ち始める時期の中学生には、やや刺激が強過ぎた。


『――あなたを、愛している』


そして、ソファの前のテレビには恋愛ドラマのワンシーン。

ちょうど今の状況に相応しく――男性、が女性をソファに押し倒していた。

ゴクリと、喉がなる。


「いやいやいや……」


頭を振って浮かんで来たイメージを消す。

それも悪くないだなんて、決して考えてない。

テレビを消して、さっさと起こすように、京太郎は晴絵の肩に手をかけた。

 

【京ちゃん中学生、ハルちゃん大人】

 

 

 

「みんなよく寝てるなー」

「今日一日で大分打ったからな。疲れてるだろ」


全国大会に向けた遠征の帰り道。

車内の後部座席は、寝息に包まれていた。


「京太郎も寝れば?」

「いや、いいよ。助手席だし、俺はみんな程疲れてないから」

「ん、わかった。けど遠慮しなくていいから」


赤信号で車が停まり、会話が途切れる。

後ろからの皆の寝息が聞こえてくる。

何となく気まずくなった京太郎は、車内ラジオへと手を伸ばし――


「あっ」

「あっ」


同じことを考えていた晴絵と、手が触れ合った。


「……」

「……」


手が触れ合ったまま、何となくお互いに見つめ合う。

気まずさは無い。むしろ、よくわからない胸の鼓動で頭がいっぱいになる。


「京太郎……」

「晴、絵……?」


信号が切り替わり、後ろの車にクラクションを鳴らされるまで。

京太郎と晴絵は、お互いの手の温もりを感じていた。

 

【京ちゃん高校生、ハルちゃん監督】

 

 

 

「――私と。私と、付き合って」


胸に手を当てて、告白する幼馴染。

震えながらも真っ直ぐに見詰めて来る瞳からは想いの強さが伝わってくる。


「憧……」

「……」


いつからだろうか、この幼馴染が髪を伸ばし始めたのは。

いつからだろうか、この幼馴染が化粧を覚え始めたのは。

いつからだろうか、この幼馴染に――女としての魅力を感じたのは。


「……ごめん」

「え……?」


だけど。

京太郎は、拒絶する。


「本当に、ごめん……だけど、俺。憧とは、付き合えない」

「あっ……」


その場に崩れ落ちる憧に、申し訳なさそうに背を向けて。

京太郎は、自分を待つヒトがいるアパートへと帰った。

 


「……あはっ」

 


【京ちゃん大学生、ハルちゃん――】

 

 

 

 

「いやー、参った。こんな日が来るとはねぇ」

「なんつーか俺は、いつかこんな日が来る気がしてたけどな」

「え、マジで?」

「うん。と言っても高2の辺りからだけど」

「そっかー、筋金入りだったか」

「そー言ってるけど、晴絵だって好きだっただろ。昔から、同じくらいに」

「……面と向かって言われると照れるなぁ」

「あー……あの時の晴絵の気持ちがなんか分かったわ」

「え?」

「好きな人って虐めたくなるもんな」

「ありゃー……こりゃ、本当に参ったなぁ」

「ん……愛しているぜ、晴絵」

「私も……愛しているよ、京太郎」


「――おやすみ」

 

【ED 京ちゃん、ハルちゃん、いつまでも】

 

 

 

 

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最終更新:2020年02月29日 14:09