俺の彼女は鬼コーチ

――壁ドン。


壁際に追い詰められて、ドンと腕を押し付けられて迫られること。

その強引さと格好良さから、一部の女子の間では憧れとなっているらしいが――

 

「あ、あの……」

「黙れよ」


京太郎と貴子の場合では、男女の役割が逆になっていた。


「お前は、誰の彼氏だ?」

「……貴子さん、です」

「ああ、そうだな。それで、今日の部活だが」

「……」

「お前、福路の胸――見てたよな?」

「……はい」

「それで、もう一度聞くけど――お前は、誰の彼氏だ?」

 

二人きりの部室に、時計の音だけが響いた。

 

 

 

下校時刻を告げるチャイムが鳴り、生徒たちが帰宅し、教員たちも仕事を終えた後。

貴子は、靖子を誘って居酒屋に来ていた。

ぐいっと勢い良く果実酒を煽り、テーブルに突っ伏す。


「……はあぁぁ」


やってしまった。

本当は彼を労い、こっそりとデートに誘う予定だったのに。

つい、嫉妬心が先走って彼を追い詰めてしまった。


「ごめんよぉ、京太郎……」

「その彼氏の前でもこれだけ素直になれたらなぁ……」

「ううぅ……」


とは言え、貴子はこの年齢にも関わらず恋愛初心者だ。

初めての経験に心が戸惑うのも無理はない。


「ふむ……」


このままでは余りにも不憫だ。

ここは一つ、何かアドバイスを送りたい。

だが靖子とて、上手いアイデアを直ぐには思い付かない。

靖子は一つ溜息を吐くと、携帯を開いてそれらしきものがないかを検索し始めた。


「……あー、コレとかどうだろう?」

 

 

>>男は胃袋で掴め!

 

 

「男は胃袋で掴め……?」

「女性らしさをアピールしつつ、彼を労う絶好のチャンスにもなるかと。彼も男ですから、カツ丼なんかもお勧めで――」


……そういえば。

彼はよく、池田にレディースランチを奢ってもらっていると聞く。


「……よし!」


萎んでいた気が燃えてきた。

そうと決まれば善は急げ、こんな所で酒に溺れている場合ではない。


「すいません、コレ勘定で!」


財布からお札を引っ掴み、叩き付けるようにして居酒屋を後にする。

その余りの勢いの良さに、靖子はポカンと口を開けた。


「……あ、ジャンボカツサンド一つ」


――放課後。

部活前にレディースランチを食べようとしたら、校内放送で貴子に呼び出された京太郎。

一体なんだろうと出向いてみれば、黙って差し出された弁当箱。

……恐らくは食え、ということなのだろうけど。


「……」


まるで大会前の最後の調整中のような貴子の目付きに観念して、京太郎は橋を手にとった。


貴子ちゃんのお料理、見た目
判定直下
1~30 泥団子
31~60 普通
61~98 美味しそう!
ゾロ目 宝石箱や!

貴子ちゃんのお料理、味
判定下二
1~30 不味い……
31~60 まぁまぁ
61~98 美味過ぎる!
ゾロ目 IT革命や!

 

 

 

――え? 俺コレ食うの? マジで?


蓋を開ければ、目に飛び込んで来たのは泥団子。

懐かしい。幼稚園の頃の砂場を思い出す。

ついでにジャリジャリしたあの食感も。


「……」


チラリと貴子を見ると、握り拳が不安で震えている。

ドッキリや嫌がらせではない。

京太郎は諦めの境地で泥団子を箸で摘み、口に運んだ。


「美味過ぎる!」

「やった!」


だが、食べてみれば食感も味も、何もかもが想像の反対側。

よく炒められた肉と野菜が上手く互いを引き立てて、最高の味を演出している。

もう見た目など気にしない、箸が凄まじいスピードで進む。

その様子を見て、貴子は両手でガッツポーズを取った。

 

「ふぅ……ご馳走でした」

「ああ……どうだった?」

「めっちゃうまかったっす!」

「……だったらまた作ってやるよ。今度はその、二人で出かけた時に……」

「え、それってデー……」

「っ! おら、さっさと部活行くぞっ!!」


【男は胃袋で掴め! 成功!】

 

 

 

『ほう、それでは大成功だったと』

『ふむふむ成る程……ご馳走様』

『え? 次の手? そんなこと言われてもなぁ……私だって……』

『んんっ、まぁ、それはともかく』

『それじゃあ次は、こんなのはどうでしょうか』


次に靖子が、貴子に送るアドバイスは――

 

安価下三
恋愛初心者のコーチにアドバイスを送ろう!
今回のようにギャップが好印象を生むパターンもあります

 

 

>>膝枕

 

 

「ひ、膝枕!?」

『ベタな手だけど効果はあるんじゃないかと』

「成る程……」

『あ、今回みたいに校内放送で呼び出して――なんてのはお勧めしませんよ』

「え?」

『あくまで自然な流れでやることに価値があるそうですから。強引に行くのは逆効果かと』

「しかし……」

『じゃ、切りますよ。明日早いんで』

「あ、ちょ、待っ」


「……」

「ど、どうすれば……」


膝枕。

確かに憧れるシチュエーションではあるが、自分と彼は教師と生徒。

自然な流れで二人っきりでしてあげるには――

 

コーチは悩んでいるようです
安価下二でコーチにアドバイスを送ろう!

 

 

 

「須賀ー、コーチが残れってさー」

「え? 何だろ」

「たっぷり絞られてくるがいいし!」

 

また壁ドンされるのだろうかと、京太郎は不安と期待を抱いたがそんな事はなく。

単にネット麻雀を使った個人指導だった。

何でも唯一の男子部員である自分の為に時間を作ってくれたらしい。


「くぅー……」


みっちり扱かれて肉体的にも精神的にもクタクタになった頃。

京太郎がグッタリしているのを見た貴子は、ココだ!と直感で感じ取った。


「な、なぁ須賀……こういうのは、どうだ?」

「へ?」


貴子ちゃんの膝枕、判定直下
1~30 緊張し過ぎてガチガチ
31~60 柔らかくて気持ちがいい
61~98 よ き か な
ゾロ目 ???

 

 

 

 

――膝枕。

これもカップルの定番であり、憧れの一つである……が。


「……」


貴子がソワソワと自分を見下ろしている。

しかし、それ以上に落ち着かないのは京太郎の方である。

貴子の膝は緊張し過ぎてガチガチな上に、震えているので非常に居心地が悪い。

それを正直に口にするのは大変よくない。

だけど、コレをこのまま続けるのは貴子にも自分にも良くない気がする。


(何か、言わないと……)


貴子に対しての、京太郎のフォローは――

 


安価下二で京太郎の行動・台詞を
やり様によっては判定が大成功に

 

 

 

 

――正直に言うと、この膝枕はあまり気持ちの良い状態ではない。


口に出してはいないが、それが伝わってしまったのだろう。

貴子の膝の震えがドンドン強くなっていき、バイブレーションのようになって。

どうにかしなければ、と感じた京太郎が口に出した言葉が――


「じゃあ、今度は俺が膝枕しますね」

 


「どうですか?」

「お、おう……わ、悪くはない……な」


先程とは逆の立場であるが、貴子は相変わらずガチガチに緊張している。

頬を紅葉色に染めて視線があっちこっちに泳いでいる。


「……いいですね、こういうのも」

「そ、そうか?……そう、か……」


だが、それでも先程よりは大分気持ちが楽になったようで。

段々とリラックスしてきたのか、目を閉じて力を抜き、体重を預けてきた。


「……」


何となく、頭を撫でてみたりする。


「ひっ!?」

「あ、すいません。駄目でしたか?」

「い、いや……ちょっと驚いただけだ。続けてくれ」


許しを得たので再び頭を撫でる。

鬼コーチのこんな顔を見れるのは、風越でも自分だけだろうと、ちょっとした優越感に浸ってみたりして――

 

直下判定
1~50 わ、忘れ物だし!
51~00 二人は幸せな時間を過ごして終了

 

 

 

こんな時間が、ずっと続けばいい。

言葉はなかったが、互いに同じ事を思っていることは感じて。

それが無性に嬉しくなって、そっと貴子の髪をかき上げて――

 

「わ、忘れ物だし!」

「あっ」

「あ゛っ」

「……え?」


何の前触れもなく部室に乱入してきた華菜に、京太郎と貴子がフリーズする。

最初は目が点になっていた香菜も、段々と状況が理解できてきたらしい。

顔色が真っ青になり、汗が溢れ出す。


「あ、あははは……さ、さよなら……」


ギクシャクとした動作で振り返り、何事も無かったかのように部室から出ようとする。

だが、そうは問屋が卸さない。

貴子がゆらりと立ち上がり、底冷えする声で華菜に声をかける。


「なぁ、池田。ちょっと話があるんだが……」

「い、いえっ!? あっ! 早く帰らないとっ!!」

「忘れ物があるんだろう? 手伝ってやるよ、たっぷりとな……」


京太郎の位置からは貴子の背中しか見えないが、華菜の怯えた表情からどれだけ恐ろしい様子なのかは容易に想像出来た。

勿論、この後の展開も。


「ご、ごゆっくりいいいいいいぃぃぃぃっ!!」

「いぃけぇだあああああああああああああああああああああああああああああぁぁぁぁっ!!!!!!」


凄まじい速度で廊下の奥へと走って消えて行った二人を見送り、京太郎は溜息を吐いた。

 

【膝枕 失敗】

 

 

 

 

『あー……その様子だと、上手くいかなかったようで』

『まぁ……彼女も悪気はなかったんだろうし、そこまで悪く言うのも』

『そしてまぁ、わざわざ電話をかけてきたということは……まぁ、そういうことか』

『一々惚気に付き合わされるこっちの身にも……』

『……ハァ、上手くいったら今度奢って下さいよ?』

『それで、次の作戦ですが――』


次に靖子が貴子へ送るアドバイスは――

 

安価下三
恋愛初心者のコーチにアドバイスを送ろう!

 

 

 

『もう、さらっと既成事実作っちゃうとか。お茶に一服盛ったりして』

「っ!?」

『いやだって、正直言ってもう面倒くさ……』

「できるわけがないっ!!!」

『おわっ……耳が……』

「だ、大体そういうことはもっと段階を踏んでから……教育者として……」

『生徒と付き合ってるクセに今更そんな……ま、でも色仕掛けは悪くないんじゃ?』

「し、しかし……」

『それじゃ、明日も早いので私はこれで』

「あっ」

 

「ど、どうしよう……色仕掛けって……」

「そうだ、ネットで参考になるものがあれば……」

 

下1~3でコーチにアドバイスを送ろう!

 

 

 

「む、胸を押し付ける……!?」

「確かにアイツ、胸が好きだが……そのクセ私にはノータッチだし……」

「……やってみるか」



ネット麻雀を用いての、貴子による京太郎への個人指導中。

椅子に座る京太郎に貴子が後ろから覆い被さるようにして、京太郎の手を取った。


(こうやって指導しつつ、私のことを意識させるのは……どうだ?)


横目で京太郎の顔を覗く。

果たして、彼の反応は――


コンマ判定直下
1~30 どうやら麻雀に夢中みたいです
31~00 た、たたた……

 

 

 

 

「貴子さん、この場合は……」


――どうやら、自分の教え子は思った以上に麻雀に夢中なようだった。

教師としては誇らしいが、女としては非常に複雑だ。


「あ、ああ……相手の狙いは分かるか?」

「ええと、恐らくは――」


だが、そもそも個人指導という名目で彼を呼んだのは自分だ。

貴子は盛大に吐きたくなった溜息をグッと堪えて、画面を睨み付けた。

 

【色仕掛けその1 胸を押し付ける 失敗】

 

 

 

 

800 名無しさん[]:2014/06/21(土) 23:48:00:00 ID:kbtkksgsk
彼ともっと親密になりたいんですけど何か良い方法はありませんか?

801:名無しさん[sage] :2014/06/21(土) 23:48:30.71 ID:41J/cyN8
四章 純愛 幸せなキス
で検索

802 名無しさん[sage] :2014/06/21(土) 23:48:32.61 ID:vI5mNnJN
サーッ!

 


「おう……?」


物は試しにと書き込んでみた掲示板で即座に帰って来たレスポンス。

純愛、幸せなキスといったキーワードから察するに恐らくは恋愛ものの映画か何かだろう。

そう言えば、最近はそういった作品に触れる機会はなかったと、貴子は検索画面に指示された通りのキーワードを打ち込んだ。

「これは……? お、動画があるのか……」


貴子はそっと、動画の再生ボタンにカーソルを合わせ――


コンマ判定直下
00~30 おや、貴子ちゃんの様子が……?
31~99 いやいやいやいやいやいやいやっ!?

 

 

 

 

「いやいやいやいやいやいやいやっ!?」


律儀にも全編を見終えた貴子は、ワイヤレスのマウスを床に叩き付けた。

確かに最終的には幸せなキスをして終了かもしれないが――いや、それよりも!


「クッソ汚ねえもん見ちまった……」


椅子に体重を預けてグッタリする。

些か自分には刺激が強過ぎる動画だった。


「……けど」


……参考に、あくまで参考程度に。

貴子はマウスを拾い上げると、そっと動画のリピート再生ボタンにカーソルを合わせた。

 


【色仕掛けその2 失敗……?】

 

 

 

 

 

「エ、エロ下着……」


次に貴子に送られたアドバイスはこれまたハードルの高いもの。

前までの貴子なら、どう考えても出来なかったもの。


「……だが」


胸を押し付けることに失敗した以上は、それよりも強い刺激を与える必要がある。

ならば、このエロ下着を見せるというのも――悪くは、ないのかもしれない。


「やるしか、ないか……?」


直下判定
00~40 いや、でも……
41~99 やってやるよ!

 

 

 

 

部の買い出しの手伝いということで貴子に車で連れられた京太郎だが、道中で貴子の携帯に着信が入った。

道路の脇に車を停めた貴子に、「悪いが少し待っていてくれ」と言われ、助手席で1人留守番をすることになった。


「ん……? 何だコレ」


手持ち無沙汰になって、何となく辺りを見渡していると足にぶつかった紙袋。

何だろうかと興味を引かれ、中を覗いて見ると――


「うわっ……」


――見事なまでの、エロ下着。

透けたネグリジェやら切れ込みの入った下着やら。

貴子の所有する車に置いてある紙袋に入っているということは、この数々のエロ下着の持ち主は言うまでもなく。

更に、これらの下着が『そういった行為』に用いられることは容易に想像できる。

そして、その行為の相手というのは、勿論彼氏である――


「ま、マジか……」


ボンッと頭の中で何かが爆発した音がして、京太郎の顔は耳元まで真っ赤に染まる。

――もしかして、今日のスーツの下にも……?

一度イメージをしてしまうと、健全な青少年には止められない。


「悪い、待たせたな」

「あ、い、いえ、お構いなく……」


貴子が戻ってきた後も、京太郎は貴子の顔をまともに見る事が出来ず。

思わず目線を下に向けると、組んだ足の隙間から、僅かに『それらしきもの』が見えて。


「~~~っ!!?」


……そんな京太郎の様子を見て、貴子は今回の作戦が上手くいったことを悟り、心の中でガッツポーズを取った。

 

【色仕掛けその3 エロ下着 成功!】

 

 

 

 

それから、数日が過ぎて。

いつも通りの、部活動の途中。


「須賀くん、少しお願いがあるのだけど……」

「はい、なんです?」


美穂子に請われて、パソコンに座る京太郎。

機械に疎い美穂子にはパソコンの扱いは難しく、京太郎の隣で教えを受けながら、目を細めて画面を覗き込んでいる。

見ようによっては仲睦まじい男女の二人組にも見える。


「……」


そんな二人を見た、貴子の反応は――


直下判定
1~35 須賀ァッ!!
36~00 あー、その……後で、残ってくれないか?

 

 

 

 

 

――壁ドン。

その強引さと格好良さから、一部の女子の間では憧れと以下略――



「京太郎、ごめんよぉ、京太郎ォッ……!」

「やれやれ……」


某居酒屋チェーン店。

酒を煽りながら男泣きする貴子に、靖子は深く溜息を吐いた。

強いデジャヴを感じる。

この様子では、当分の間は貴子に付き合わされることになるだろう。


「う゛う゛う゛う゛う゛っ……」

「……まぁ、今夜だけはとことん付き合うとするか……」


酒で全てを忘れたい、そんな時もあるだろう。

長い夜になりそうだと、靖子は追加の注文をしようと考えて近くを通りかかった店員に呼びかけた。


「……あ、ジャンボカツサンド2つで」

 

 

 


【俺の彼女は鬼コーチ 了】

 

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最終更新:2020年02月29日 14:09