ぼっちじゃないよー

「旅行に行こう、次の休みに」


季節は冬。

今日も若手実況アナウンサーとしての仕事を終えて、相方と別れた帰り道でふと思い付く。

何でそう思ったのかは分からないが、きっかけとは、えてしてそういうモノである。

一人暮らしのアパートに帰宅した京太郎は早速、自宅のPCから旅行サイトを開いた。


 

「で、岩手までやってきたわけだけど……」


駅を出てから、歩いても歩いても目的の旅館が見つからない。

それどころかどんどん民家から遠ざかっているような気がする。

地図の方向では間違っていないのだが。


「コレ、もしかしてヤバイ……?」


携帯は圏外。

少しずつ雪も降り始めて、自分の歩いてきた道が分からなくなりつつある。

嫌な予感が頭を過る。

このままでは、遭難――


「あっ! も、もしかして!?」

 

 

「わー! 須賀アナだよー!!」


雪の中を猛スピードで駆け寄って来る身長2m弱の黒い服を着た女性。

京太郎の体が震えるのは雪のせいだけでは、ない。


「私、大ファンなんです! あの熱い実況が大好きで!」

「ど、どうも……」


両手を掴まれてブンブンと振られる。

旅先で熱烈な自分のファンに出会えたのは歓迎するべき状況だが、今は素直に喜べない。


「あの、一つ聞きたいことがあるんですけど」

「何でもどうぞ! 趣味でもスリーサイズでも大歓迎だよー!」

「そ、それでは……」


肉体的にも精神的にも豊音に圧倒されながら、京太郎は口を開いた。



「そこはこことは反対方向ですねー。今から歩くと日が暮れちゃうよー」

「何てこった」


次第に強くなる雪に立ち話も出来なくなって、京太郎は豊音の家にお邪魔することになった。

外は既に日が沈み、吹雪の影響もあって完全に前が見えない。

そして頼みの綱の携帯は圏外。

この中を歩いて行けるのは自殺志願者くらいである。


「参ったな……」

「あ、あの……もし良かったら……」


額に手を当てる京太郎に対して、豊音がモジモジと、胸の辺りで指を組みながら。


「わ、私の家に泊まって行きませんか……?」

 

 

 

豊音の提案に頷いた京太郎は――というより、この場合は受け入れる以外の選択肢はないのだが、吹雪が大人しくなるまで豊音の家に泊まることになった。


夕食と風呂まで用意してもらい、至れり尽くせりである。

予定とは大分違うが、コレはコレで良い体験が出来た。


「旅にハプニングは付き物って言うし、これも醍醐味なのかな……ん?」


風呂上りに首にタオルを掛けて廊下を歩いていると、小さな棚に写真が立ててあるのを見付けた。


「これは……」


恐らくは豊音の学生時代に撮ったものなのだろう。

制服を着た豊音と、4人の女子が写っている。


「それ、私の高校時代なんだー」

「っ!?」


急に背後から声をかけられ、京太郎の心臓が跳ねる。

振り向くと、豊音が悲しそうな顔を浮かべていた。


「みんな仲良しだったけど……みんな、いなくなっちゃった」

「豊音さん……」


今日に知り合ったばかりでも、豊音の人となりはある程度は分かった。

体は大きくても心は無垢で、子どものように純粋な人。

その彼女がここまで悲しんでいるのだから、彼女の寂しさはとても大きいに違いない。

その寂しさを埋めてあげたいと、京太郎は思った。


「……豊音さん、俺と友達になりませんか?」

「……え?」

「これも旅の縁ですし……俺は、豊音さんと仲良くしたいです」

「……いいの?」

「勿論」

「!!」


冷静になって考えてみれば、まるで口説いているようだと思ったが――嬉しさの余り小躍りしている豊音の姿を見れば、小っ恥ずかしさなんて吹き飛んだ。

 

 

吹雪が止んだのは、ちょうど京太郎の休みの最終日だった。


「今度は、こっちに来て下さいよ。歓迎しますから」

「うん! うん! 絶対に行くよー!」


豊音に両腕を大きく振られながら見送りされる。

今度は迷うことなく、駅まで辿り着けた。


 


結局、計画通りには行かなかったがそれ以上に良い思い出が出来た。

明日からの仕事にも力が入りそうだ。


「……ん?」


ほんの一瞬、電車の窓に見覚えのある黒い影が映った気がしたが、振り返っても誰もいない。


「気のせいか……」


電車に揺られながら、帰宅する京太郎。

旅先から持ち帰ったものが増えていることに、彼が気付くことになるのは――

 


【ぼっちじゃないよー】

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最終更新:2020年02月29日 14:11