「旅行に行こう、次の休みに」
季節は冬。
今日も若手実況アナウンサーとしての仕事を終えて、相方と別れた帰り道でふと思い付く。
何でそう思ったのかは分からないが、きっかけとは、えてしてそういうモノである。
一人暮らしのアパートに帰宅した京太郎は早速、自宅のPCから旅行サイトを開いた。
◆
「で、岩手までやってきたわけだけど……」
駅を出てから、歩いても歩いても目的の旅館が見つからない。
それどころかどんどん民家から遠ざかっているような気がする。
地図の方向では間違っていないのだが。
「コレ、もしかしてヤバイ……?」
携帯は圏外。
少しずつ雪も降り始めて、自分の歩いてきた道が分からなくなりつつある。
嫌な予感が頭を過る。
このままでは、遭難――
「あっ! も、もしかして!?」
「わー! 須賀アナだよー!!」
雪の中を猛スピードで駆け寄って来る身長2m弱の黒い服を着た女性。
京太郎の体が震えるのは雪のせいだけでは、ない。
「私、大ファンなんです! あの熱い実況が大好きで!」
「ど、どうも……」
両手を掴まれてブンブンと振られる。
旅先で熱烈な自分のファンに出会えたのは歓迎するべき状況だが、今は素直に喜べない。
「あの、一つ聞きたいことがあるんですけど」
「何でもどうぞ! 趣味でもスリーサイズでも大歓迎だよー!」
「そ、それでは……」
肉体的にも精神的にも豊音に圧倒されながら、京太郎は口を開いた。
◆
「そこはこことは反対方向ですねー。今から歩くと日が暮れちゃうよー」
「何てこった」
次第に強くなる雪に立ち話も出来なくなって、京太郎は豊音の家にお邪魔することになった。
外は既に日が沈み、吹雪の影響もあって完全に前が見えない。
そして頼みの綱の携帯は圏外。
この中を歩いて行けるのは自殺志願者くらいである。
「参ったな……」
「あ、あの……もし良かったら……」
額に手を当てる京太郎に対して、豊音がモジモジと、胸の辺りで指を組みながら。
「わ、私の家に泊まって行きませんか……?」
豊音の提案に頷いた京太郎は――というより、この場合は受け入れる以外の選択肢はないのだが、吹雪が大人しくなるまで豊音の家に泊まることになった。
夕食と風呂まで用意してもらい、至れり尽くせりである。
予定とは大分違うが、コレはコレで良い体験が出来た。
「旅にハプニングは付き物って言うし、これも醍醐味なのかな……ん?」
風呂上りに首にタオルを掛けて廊下を歩いていると、小さな棚に写真が立ててあるのを見付けた。
「これは……」
恐らくは豊音の学生時代に撮ったものなのだろう。
制服を着た豊音と、4人の女子が写っている。
「それ、私の高校時代なんだー」
「っ!?」
急に背後から声をかけられ、京太郎の心臓が跳ねる。
振り向くと、豊音が悲しそうな顔を浮かべていた。
「みんな仲良しだったけど……みんな、いなくなっちゃった」
「豊音さん……」
今日に知り合ったばかりでも、豊音の人となりはある程度は分かった。
体は大きくても心は無垢で、子どものように純粋な人。
その彼女がここまで悲しんでいるのだから、彼女の寂しさはとても大きいに違いない。
その寂しさを埋めてあげたいと、京太郎は思った。
「……豊音さん、俺と友達になりませんか?」
「……え?」
「これも旅の縁ですし……俺は、豊音さんと仲良くしたいです」
「……いいの?」
「勿論」
「!!」
冷静になって考えてみれば、まるで口説いているようだと思ったが――嬉しさの余り小躍りしている豊音の姿を見れば、小っ恥ずかしさなんて吹き飛んだ。
◆
吹雪が止んだのは、ちょうど京太郎の休みの最終日だった。
「今度は、こっちに来て下さいよ。歓迎しますから」
「うん! うん! 絶対に行くよー!」
豊音に両腕を大きく振られながら見送りされる。
今度は迷うことなく、駅まで辿り着けた。
結局、計画通りには行かなかったがそれ以上に良い思い出が出来た。
明日からの仕事にも力が入りそうだ。
「……ん?」
ほんの一瞬、電車の窓に見覚えのある黒い影が映った気がしたが、振り返っても誰もいない。
「気のせいか……」
電車に揺られながら、帰宅する京太郎。
旅先から持ち帰ったものが増えていることに、彼が気付くことになるのは――
【ぼっちじゃないよー】